今日の講義ではひとつ、質問から入っていきましょう。

突然ですが、まずはこの写真を見て下さい。


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さて、この写真を見てどう思いましたか?

・・・・「犬」ですよね?

まずはそんな”犬”に関する話です。

というのも、僕は実家でも今現在住んでいる家でも、ペットとして犬を飼っています。

確か僕が高校生くらいだった頃でしょうか?

ふと、犬を見て岸田少年はこんなことを考えました。


「この生き物は、果たして本当に”犬”なのだろうか?」



と。


「ペットショップで”犬”を選んで買ったから、犬である。」

「しかし、それを証明するものは何も無いのではないか?」

「犬だと言われたからと言って、それが犬であるその根拠は?」

「見た目は確かに”犬っぽい生き物”だ。」

「しかし、犬っぽいだけであって”犬では無い何か”のかもしれない。」

「犬か犬であると判断できる方法はあるのか?」

「そもそも定義は?判断の基準は?それは誰が決めたのか?」

「その基準では、犬と”犬では無い何か”との区別はできないかもしれない。」

・・・・


思考というものは、ありとあらゆるものに対して”どれだけでも”巡らせることができます。

それはそれで”面白い事”だと僕は思います。

僕も、個人的には考えることがただ”好き”です。

しかし、今回は”考えることの重要性”という視点で”思考”という行為を捉えてみましょう。

ビジネスを成功させるためには、確かに”思考する”という行為は重要な位置付けにあることは間違いありません。

何も考えずにがむしゃらにビジネスを行っても、うまくいかないことは当然のことです。

しかし、ビジネスにおいて”思考するべき対象の優先順位”を考えてみるとどうでしょうか?


今回は、僕がこの講義でお伝えしたいことを具体的に”感覚”として感じ取って欲しいと思い、記事の冒頭で”どこか意味ありげに”犬の考察を行ってみました。

犬が”犬っぽい生き物”である可能性の考察。

これは当時高校生だった岸田少年にとっては、間違いなく”非常に興味深い考察”でした。

それを考えていた当時は、本当に”そんなことを考えること”が、ただただ好きだったからです。

しかし、冷静な視点から、そんな当時の僕に意見を言ってしまいましょう(笑)

「犬が本当に犬であるかどうか?」・・・そんな問題に結論が出たとしても、”全くもって重要度の低い事実”です。

敢えて説明することも無いかと思いますが、犬であっても”犬ではない何か”であったとしても、それは自分の人生に大きな影響を与えるものではありません。(犬では無かった場合はもしかすると「現段階においては影響が無い」と言えるのかもしれませんが。笑)

いずれにせよ、どんな結論が出ても対策が何も無い以上、それを考えることが重要度の低い行動であると言わざるを得ません。

もう少し補足しておきますと、思考とは”目的”によって重要度は変化していきます。

哲学のように、思考それ自体を楽しむのであれば、犬に対して”犬かどうかの議論”を頭の中で巡らせることは非常に有意義なことと言えます。(哲学とは、知を愛するという意味ですから)

しかし、僕達が目的としていることは”ビジネス”です。

つまりは”お金を稼ぐこと”が目的ということですね。

もう一度言いますが、ビジネスにおいて”思考すること”は重要です。

しかし、ビジネスのためには”重要度の低い思考”は当然あります。

上記で考えた”犬に対しての考察”はその極論です。

別に、哲学者になることが目的では無いはずです。

ビジネスで結果を出すことができない原因は、もしかすると意図せずに”重要度の低いこと”に対して思考が向いてしまっている可能性を疑ってみて下さい。

というのも、今考えれば僕自身、昔の自分がいかに思考に優先順位を付けていなかったかを感じますし、勿体なかったなと思うことがあるのです(苦笑)

それを指摘してくれる人も、当時は周りにもいなかったですからね・・・

行動量も思考量も無限では無いので、無駄なことに対して”思考を巡らせる”という行動をしてしまうわけですから、その分結果に結びつかないことは当然でしょう。

考え込むことも時には大切なのかもしれませんが、それでも時々は「重要なことを考えているのか?」と一歩引いて、見つめ直してみることも良いかもしれないですね。